今井義博の父親学

今井義博の父親としての哲学を、実話に基づいて紹介。

今井義博の父親学 イジメ問題への取り組み ⑤

<前回までのあらすじ>

 今井家の朝は、午前 6時に家族全員がテーブルにつき、全員で「いただきまーす。」から始まる。家族構成は妻一人、子供4人(長女14歳、長男11歳、次女7歳、次男4歳、長 男と次女は同じ小学校に通っている)。ある朝、小学校1年生の次女Sが学校で上級生から「オシリ」と呼ばれ、嫌な思いをしていることが発覚した。「自己解決」を親から求められているSは3度にわたり“嫌だからオシリと呼ばないで”と言ったのだが、相手はそれでも止めてくれない。
 毎日の朝食のテーブルで、妹に何が起こっているかを知っているにもかかわらず、兄Kは何も行動を起こそうとしない。行動を起こさない兄に対し、行動する正当性と責任を説明し、行動を起こすことの“約束”を確認したのであるが・・・。母親の介入で事態は思わぬ方向へ展開する。

 私は冷静に諭すように啓輔にこう言った。
「K、いいか、よく聞け。つかまえて言いにくいのは分かる。おまえにとって初めての経験だもんな。でも、いつも言ってるように“嫌がることをされた人がいれば助ける”と いうことを守れ。それと、相手はSにとって上級生で明らかに弱い者イジメだ。まして相手は二人だぞ。しかも、その上級生にSは勇気をだして3回も“やめ て”って言ったんだぞ。おまえは、どっちが悪くてどっちに正義があるか分かってるはずだ。だから、おまえがその二人(Kにとっては下級生)に“やめろ”っ て言ってもイジメにはならないし、“嫌がってるからやめろ”って言うことは正しいことなんだ。いいな、明日は必ず頑張れ、“約束”だぞ。」

「分かった。」

 そして、翌日、あれだけ諭し、“約束”したのだから、事態が必ず好転していることを信じて朝のテーブルについた。ところが、
「K、どうなった?やめさせたか?」
「・・・・・。」
「まさか・・・おまえ・・・。」
「・・・・・。」

 “約束”を守らなかった理由に正当性がない場合、“いつも優しいお父さん”は“恐ろしい親父”に豹変することは家族全員が知っている。
 妻が重い雰囲気の中で口を開いた。私が恐ろしい親父に豹変する前に。
「実はね、昨日小学校に用事があって行った時、たまたまSのことを“オシリ”って言ってる子がわかって、たまたまそのお母さんと話す機会があったの・・・それで言ったの“Sが嫌がってる”って。」

 台無しである。

 私の教育方針を最も理解していなければならないはずの妻が、ゴール寸前で転倒した子供の代わりにテープを切ってしまったのである。完走の可能性が残されているにもかかわらず。

 これもまた私の未熟さである。

 私は、妻が教育者である前に『母親』であることを忘れていたのである。つまり、父親が持ち合わせない母親の『本能』が『理性』を超える瞬間を予測できなかったのである。

 また反省である。 

  しかし、母親の本能の素晴らしさは十分理解しているつもりであるし、状況によってはそれが正しい場合も多々あるので、一方的に妻を責めることはできない。 私が妻にこの1件の解決方針を説明しておけばよかっただけの話なのである。分かっていると思った、という思い込みによって失敗したことは、決して相手が悪 いのではなく再確認をしなかった自分が悪かったんだ、と考えたほうが精神的に楽である。相手の反省や修正姿勢を期待してもその結果を実感することは難しい が、自分であれば簡単に修正できるからである。
(一方で“自分を変えて、相手を変える”という『コーチング』という技術がある。文末参照)

 妻の話しを聞いた私は、自分の太ももをつねりながら“冷静に話せよ”と自分に言い聞かせ、先ず妻に言った。
「その行動は間違いだぞ。この問題は、SとKが自分達で解決しなくちゃいけない問題だろ。Sも頑張って3回も二人の上級生に“嫌だからやめて”と言った し、Kも勇気を出して“やめろ”と言えない自分と戦ってるじゃないか。それを親が途中から首を突っ込んで解決するなんて・・・。SとKに謝れ。」

「・・・ごめん。」

 妻はすぐに自分のとった行動の誤りに気づき、素直にSとKに謝罪した。続いて私は子供達に
「聞いたか、お母さんは素晴らしいだろ。自分が悪いと思ったら“素直”に謝るって素晴らしいことなんだぞ。簡単そうでなかなかできないことなんだ。お前達もお母さんを見習えよ。」と。

 質の高いの教育は夫婦が円満であることから始まると私は信じている。ちなみに私は生まれ変わっても今の妻ともう一度結婚したいと本気で思っている。日々妻に感謝しているし、尊敬していることは言うまでもない。

 さて次はKである。
「K、おまえはお父さんとの“約束”を守らなかったな。覚悟はできてるな・・・」
この直後、私がKにとった行動は想像におまかせするが、これでKは許された訳ではない。
「K、たとえその子達が親から言われていたとしても、そのことに関係なく、今日必ず、必ずその二人を捕まえてやめさせろ、いいな。」
「わかった。」
 そして翌朝のテーブルでKから
 「やめるようにその子達に言ったよ。」という報告を受けたのである。

 たとえ、その子達が自分の親から“Sちゃんのママから聞いたわよ。あなた達オシリって言ってるんですって、やめなさい”と言われた後でも、K自身にその子達に直接言わせることが教育なのである。
 それは今井家の“嫌がることをされた人がいれば助ける”“約束を守る”という単純な教育定義があればこそ、それを守らなければならない、という親の覚悟 (責任)と行動(リーダーシップ)があればこそ、貫徹する力が生まれ、子供にも伝わるのである。失敗と反省を繰り返しながら。

  言い換えれば、目標とする結果はSが楽しく学校に通うこと、だがその結果を導き出すまでのプロセスを親として教育者としてどのように組み立てるかが重要な のである。そこに哲学や教育論が存在しないのであれば、学校の先生に電話をかけて「うちの子がいじめられているのでやめさせてください。」で済んでしまう のである。しかし、それには教育も哲学も信念も存在しないし、子供を守ることの意味を完全に履き違えているし、そこから子供達が学ぶものは何もない。
 もっと、現実なことを付け加えれば、子供たちは“先生にバレないようにイジメを継続する”可能性がある。

 この問題を解決するのに約10日間を要したが、全くシナリオ通りにはいかなかった。しかし、今井家のリーダーとして培ってきた教育のプロセスと結果(哲学と方向性)を明確に定義付けていたからこそ修正ができたし、反省もできたのである。
 家族という小集団のなかでのリーダーシップは、クリニックという小集団で必要とするリーダーシップと実に共通するところが多いが、クリニックのなかでは 決して父親ではなく経営者としてのリーダーシップを持つべきである。そんなことは当たり前だと思うかもしれないが、事実はどうだろうか。
 スタッフから信頼される経営者であり、優れたリーダーであるか否かは自分が決めるのではなく患者とスタッフが決めるのである。

  つまり、私のクリニックは、尽きることなく新患が増加し、キャンセル率も1%以下であり、スタッフの離職率が低く、スタッフの採用と維持が安定している、 というクリニックであると断言できる院長がどれだけいるのであろうか。そして、尽きることのない新患と再初診とスタッフの安定を維持している院長であるな ら、その状況にあっても、おかしいな順調すぎるぞ、問題が潜在化しているのではないか、この順調さが崩れるときは何が起きるのか、崩さないための予防と、 崩れたときの準備は・・・etcなどと考えるものである。そして、リーダーシップを持たなければならない人間は、いつしか経営が主観的になっていないかど うかという不安を抱き、本を読み、自分を戒め、経営の方向性を絶えず観察しているのである。

 リーダーシップは感情と科学がバランスされてこそ人に伝わるものであり、人を動かすものである。アメリカでは既にビジネス・マネジメントにおいてチームの結束力を高めるリーダーシップを向上させるために心理学的な側面からの重要性が謳われて久しいので少しふれておこう。

  アメリカの精神分析学者のハインツ・コフートは人間の持つ心理的ニーズとして「鏡」「理想化」『双子』という3つの「自己対象機能」を挙げている。自己対 象とは、心理的に自分の延長線上に存在しているように感じられる対象のことである。チームのリーダーシップを取らなければならない人間は、チームの人間の 心理的ニーズを科学的に理解しなければならない時代になってきている。特にアメリカ社会のように多民族で構成され歴史的支柱のない国では早くから心理学的 アプローチが戦略的に採用されている。

 そのハインツの理論を精神科医であり日本の心理学ビジネスのシンクタンクとして著名な和田秀樹氏がハーバード・ビジネス・レビュー(2004年12月号:ダイヤモンド社)で分かりやすく解説しているので紹介しておこう。

1.自己対象機能

 相手のやったことを褒めたり、注意したりすることで、相手の心理的ニーズを満たす機能のことです。部下の仕事の成功を素直にたたえる、共に喜びを分かち合うなどがこれに当たります。
 ただし、鏡自己対象機能には大きな落とし穴があります。その人は一生懸命にほめたつもりでも、当人は裏読みして「ばかにされている」と感じるおそれがな きにしもあらずです。ここで大切なのは相手の気持であって「自分の心理的ニーズが満たされている」と実感させることができなければ意味がありません。

2.理想化自己対象機能

  文字通り、ある人が理想化の対象になることで相手の心理的ニーズを充足させる機能を指します。たとえば、仕事で小さくないミスを犯して落ち込んでいる部下 にとって、尊敬している上司に「ミスは取り返せばいい」と一言声をかけられるだけで、不安は薄らぎ、安心感や安堵感が芽生えます。
 このように理想化自己対象機能はその性格上、上司と部下、あるいは先輩と後輩という上下関係が存在するときに成立しやすいものです。

3.双子自己対象機能

 相手に「この人も自分と同じなんだ」という同一感を持たせることによって成立する機能です。
 どこの企業にも、能力的に申し分ないのに、協調性に欠ける問題社員がいると思います。そういう社員の心の内を探ってみると「どうせ自分なんか」という歪んだ感情を持つことで非適応的行動をとっている可能性が高いと考えられます。
 この場合、対話を通して、自分も相手と同じなんだという感覚を抱かせ、壁を取り払うことができれば、態度が変わる可能性は十分あります。
(後略)

 親として夫として、医師として経営者として、男として、それぞれの論理と価値観の共通性と異質性、
恥ずかしながら私は今も日々反省と学びの繰り返しである。

<余談>
 「相手を変えられないなら自分を変える」という発想の進化型の論理に『コーチング』という技術がある。「自分を変えて相手を変える」という『コーチン グ』技術は、1970年代に生まれたコミュニケーション技術で、1980年代に一般企業で飛躍的に普及した技術である。アメリカなどでは、すでに医療分野 でも普及している。
 日本でも医療分野における『コーチング』の論理を分かりやすく解説している書籍が存在するので、ここに紹介しておくことにしよう。
『ナースのためのコーチング活用術』
(編著:柳澤厚生、著者:日野原万記、発行:医学書院、1,800円)
『コーチングで保健指導が変わる!』
(編著:柳澤厚生、著者:鱸 伸子、田中晶子、磯さやか、発行:医学書院、1,800円)
 この両書籍の内容は、全ての医療従事者に読んでもらいたい内容である。

著者プロフィール 医科歯科開業、物件に関するご相談はこちら TEL 03-3833-3950 eMail info@keystation.com

今井 義博の写真

株式会社キーステーション 統括プロデューサー 今井 義博

経 歴

  • 1961年、東京生まれ
  • 暁星学園小中学校卒業(暁星歯学会・事務局長)
  • 早稲田実業学校高等部卒業(早稲田実業学校校友会・代議員、サッカー部OB会・副会長)
  • 早稲田大学専門学校建築設計課卒業・現早稲田大学芸術学校(稲門建築会会員)
  • (株)銀座コージーコーナー(店舗開発設計室)
  • (株)清水建設(OAセンターCAD開発)
  • (株)デンタルリサーチ社(職業紹介事業・東京都第1号)
  • Tokyo Expert Network of Japan(J-TEN)代表
  • (株)キーステーション(統括プロデューサー)
  • ニュー・マーケティング協会会員
  • 詳細プロフィールはこちら >>

著 書

  • 医療人事戦略(クインテッセンス出版)
  • リニューアル&ニューオープン(クインテッセンス出版)
  • 歯科医院経営近未来学(クインテッセンス出版)
  • 挑戦する医院経営(じほう社)
  • 医院経営と空間デザイン(Health Sciences Vol.24No1 2008日本健康科学学会誌掲載)