今井義博の父親学

今井義博の父親としての哲学を、実話に基づいて紹介。

今井義博の父親学 イジメ問題への取り組み ④

家庭教育と経営教育の共通性と異質性を考える

<③までのあらすじ>
 今井家の朝は、午前6時に家族全員がテーブルにつき、全員で「いただきまーす。」から始まる。家族構成は妻一人、子供4人(長女14歳、長男11歳、次女7歳、次男4歳、長男と次女は同じ小学校に通っている)。ある朝、小学校1年生の次女Sが学校で上級生から「オシリ」と呼ばれ、嫌な思いをしていることが発覚した。「自己解決」を親から求められているSは3度にわたり“嫌だからオシリと呼ばないで”と言ったのだが、相手はそれでも止めてくれない。

 毎日の朝食のテーブルで、妹に何が起こっているかを知っているにもかかわらず、兄Kは何も行動を起こそうとしない。
 親として教育者として今井家の教育の定義である「人の嫌がることをしない、自分がされて嫌なことは人にしない、嫌がることをされた人がいれば助ける」を啓輔に教育しきれていないという反省とともに、Kへの再教育が朝のテーブルから始まろうとしている。

「なあK(Kは小学5年生)、S(妹、小学1年生)が上級生(小学3年生)から“オシリ”って呼ばれて嫌な思いをしているのは分かってるよな。」
「うん、分かってる。」
「Sが3回も“やめて”って言ったのに、止めてくれないことも分かってるよな。」
「うん、分かってる。」
「Kはどう思う?」
「うーん・・・。」急に問題をふられて困っている様子。

「Sを助けろ。」
「えっ、えー、・・・どうやって?」
「簡単だよ、その上級生二人をつかまえて、“嫌がってるからやめろ”って言えばいいだけだよ。」
(この日の朝、Sを“オシリ”と言っている上級生は二人であることが判明した。)
「うーん・・・分かった。」
「今日必ずやれよ。」
「うーん・・・分かった。」

<この朝の会話(情報)の分析>
この朝のテーブルの会話でいくつかの事実が確認できる。

  • KはSが嫌な思いをしている事実を知っている。
  • Sが3回も“やめて”と言ったにもかかわらず、解決していないことをK知っている。
  • この問題に対して“共有協力する意識”がKにはない。
  • 故に、この問題を解決する方法もKは持っていない。
  • 自分が解決のための主たる人間であることにKは驚愕する。
  • 問題の解決方法を知るが、Kは問題意識が希薄なため理解しきれていない。
  • Kには問題解決の実行意識に力がない。
  • やはり、今井家の教育定義“嫌がることをされた人がいれば助ける”が浸透していない。
  • これらは、親の教育方法に問題があり、修正の必要がある。

 事あるごとに、「人の嫌がることをするな、自分がされて嫌なことは人にするな。」と言ってきたつもりなのに、子供は、言葉はとらえるものの本質はとらえてくれない。耳では聞いてくれるものの、心で聞いてくれない。子供の耳にではなく心に残る教育は私の永遠のテーマである。

 一方、親である私の教育方法のマズサを棚に上げて、Kに対して次のようにまくしたてる方法もある。
「お前は毎朝、妹が人から嫌なことをされていることを知っていて、なぜ、助けないんだ。とにかく今日、そいつらを黙らせろ、いいな。」
(これを言うなら最初から言わなくてはならないし、最初から言ってしまえばSの自己解決への教育は成立しないので、私はこの手法を選択しなかったし、これからもこの手法をとるつもりは全くない。)

 これも解決の方法である。妹を救う、という結果的には同様の解決である。この手法を選択する親もいるかもしれない。他人の家庭内教育にモノを言うつもりは全くないが、「親から怒られるのが怖いから」という理由で問題を解決させたり、悪事を控えさせるという教育は、せいぜい6~8歳までであると、今井家では決めているから、小学校5年生であるKにはこの手法を絶対に用いない。というより、K(子供たち)にはそういう教育をしてきてきない。

 つまり、善悪の分別が理論的に理解出来るようになるのは8~9歳ごろからであることを前提に、7歳ごろまでは“悪いことをしたら怒られる”という手法も取らざるを得ないのである。
(この理論は児童心理学の“発達の過程”と一致している)
 とは言うものの、次の事実が起きた場合は、子供達は、何歳であろうが徹底的に父親の恐ろしさを心に植え付けさせられるのである、今井家では。必要であれば経済制裁も実行される。

  • 時間を守らなかった場合。(予測し得ない事故に遭遇した場合は除く)
  • 嘘をついた場合。
  • 挨拶をしなかった場合。
  • 「約束」を破った場合。(約束は守る、守れない約束はしない。)

 類似した今井家の教育定義(中学1年生からの教育)の一部があるので紹介しておこう。
 “『自由』と『勝手』は異質である。『自由』には相応の『責任』が発生し、他人を巻き込む『幸福』が存在する。『勝手』には相応の『迷惑』が発生し、他人を巻き込む『不幸』が存在する。よって『自由』の権利を主張するなら、誰もが不幸にならない『義務』を負う事を宣誓せよ”

 つまりは全て「約束」なのであるが、「約束」が大切なことは当たり前で、問題は、それを平気で破る人間に遭遇した時に、それに慣れされないためでもあり、己の約束意識を維持させるためでもある。 
 世の中は全て「約束=規則=契約」で成り立っていることを心と体で覚えさせることは今井家内に限っては肯定されるのである。つまり、犯した罪に対しては制裁が存在するということである。もちろん一方で、人を助ける行動や思いやりある行動、一生懸命な行動などについては、その結果がどうあれ“褒めちぎり”且、夕食の選択権を与えたりもしている。
 (ちなみに、長男に夕食の選択権を与えると、たいてい“焼肉がいい!”という元気な声が響く。褒めるにも覚悟が必要である。たまに“ピザがいい!”などと言ってくれるとホッする私。)

 ここで、マサセチューセッツ工科大学(MIT)スローン・スクールの経営学名誉教授であり、心理学者でもあるエドガー・H・シャイン氏がハーバード・ビジネス・レビューのインタビューに答えた一文を紹介しよう。(A Psychological View of Leadership:ダイアモンド社)
Q. リーダーが社員の学習を最大限に促しつつ、その痛みを最小限にとどめるにはどうすればよいのでしょうか?
A. 基本的には生存不安が学習不安より大きい時、初めて学習が生まれます。これに至るには二つのアプローチがあります。解雇や報酬をちらつかせて生存不安を増大させるか、既得知識を捨てて新たに学習することで安全な環境をつくり出し、学習不安を減らすかのいずれかです。
問題は心理的に安心させるのは概して大変難しいことです。社員の生産性を向上させたい場合は特にそうです。人員削減が敢行されたり、よりフラットなネットワーク組織に再編したりと、大規模な構造改革が進められると、心理的な安心感は急激に失われます。
たいていの企業は生存不安を増大させることを好みます。そのほうが簡単だからです。ただし、ここが完全に履き違えている点でしょう。
現在の経営慣行がアメよりムチを重視する限り、企業は学習への強い抵抗を植え付けることになります。それは容易に予想がつきます。
たいていの組織ではマネージャーが部下を脅して学習させています。そうして最新の企業変革プログラムがまたしてもマネージャーの狼少年ぶりを露呈するだけで終わり、結果としてそのマネージャーが解雇されると、社員は傍観的態度を身につけてしまいます。
もしリーダーが社員に本当に新しいことを学習させたいのなら、経済的現実について彼らを教育し、みずからのメッセージの信頼性を示す必要があります。
(後略)

 ここで私達が学ばなければならないことは、従業員や子供達に対して、“みずからのメッセージの信頼性を示しているか”ということである。ムチを与えているばかりではダメだし、アメを与えているばかりでもダメだし、アメとムチがバランスされて与えられていてもダメで、重要なことは地位や立場に関係なく、従業員や子供達から信頼されているかどうかなのである。

さて、翌日の朝のテーブルに話しを戻そう。
「K、やめさせたか?」
「うーん・・・まだ。」(困っている様子)
「どうして?」
「まだ誰だか分からないんだ。見つけられないんだ。」(既に“逃げ”に入っている)
「そうか、早く見つけて止めさせてやれよ。」
「うーん、分かった。」
「Sはその上級生の名前は分かったの?」
「分からない。」
「そうか、分からないのか、今度言われたらその子達の名前を必ず覚えておきなよ。」
「うん、分かった。」
「そうしたら、必ずお兄ちゃんが助けてくれるからね。」
「うん。」

<この朝の会話(情報)の分析>

  • Kは問題解決に対していまだに消極的である。(いや、潜在的に拒否しているのかもしれない。)
  • Sもその上級生二人を特定できていない。(実は初期段階で名前を把握するようにと指示してあるが、この時点ですっかり忘れてしまっている。)
  • 妹を救う兄の存在を確認し、Kに使命感を持たせる。
  • Kの性格は起こった現象に対して全般的に消極的であることが再確認された。

2日間の出張から戻り、3日ぶりの家族との朝食のテーブル。
「おいK、どうなった?つかまえてやめさせたか?」
「うーん、まだ。」(やはり“逃げ”ている様子)
「なぜ?」
「うーん・・・」
「・・・S、まだ“オシリ”って言われてるの?」
「まだ言われてる・・・」

 私は冷静に諭すようにKにこう言った。
「K、いいか、よく聞け。つかまえて言いにくいのは分かる。おまえにとって初めての経験だもんな。でも、いつも言ってるように“嫌がることをされた人がいれば助ける”ということを守れ。それと、相手はSにとって上級生で明らかに弱い者イジメだ。まして相手は二人だぞ。しかも、その上級生にSは勇気をだして3回も“やめて”って言ったんだぞ。おまえは、どっちが悪くてどっちに正義があるか分かってるはずだ。だから、おまえがその二人(Kにとっては下級生)に“やめろ”って言ってもイジメにはならないし、“嫌がってるからやめろ”って言うことは正しいことなんだ。いいな、明日は必ず頑張れ、“約束”だぞ。」

「分かった。」

 そして、翌日、あれだけ諭し、“約束”したのだから、事態が必ず好転していることを信じて朝のテーブルについた。ところが、
「K、どうなった?やめさせたか?」
「・・・・・。」
「まさか・・・おまえ・・・。」
「・・・・・。」
事態は好転どころか、別の人物によって、さらに悪化することになるのである。
 

著者プロフィール 医科歯科開業、物件に関するご相談はこちら TEL 03-3833-3950 eMail info@keystation.com

今井 義博の写真

株式会社キーステーション 統括プロデューサー 今井 義博

経 歴

  • 1961年、東京生まれ
  • 暁星学園小中学校卒業(暁星歯学会・事務局長)
  • 早稲田実業学校高等部卒業(早稲田実業学校校友会・代議員、サッカー部OB会・副会長)
  • 早稲田大学専門学校建築設計課卒業・現早稲田大学芸術学校(稲門建築会会員)
  • (株)銀座コージーコーナー(店舗開発設計室)
  • (株)清水建設(OAセンターCAD開発)
  • (株)デンタルリサーチ社(職業紹介事業・東京都第1号)
  • Tokyo Expert Network of Japan(J-TEN)代表
  • (株)キーステーション(統括プロデューサー)
  • ニュー・マーケティング協会会員
  • 詳細プロフィールはこちら >>

著 書

  • 医療人事戦略(クインテッセンス出版)
  • リニューアル&ニューオープン(クインテッセンス出版)
  • 歯科医院経営近未来学(クインテッセンス出版)
  • 挑戦する医院経営(じほう社)
  • 医院経営と空間デザイン(Health Sciences Vol.24No1 2008日本健康科学学会誌掲載)