独立開業を成功へ導く経営学

統括プロデューサー 今井義博の経営学。

人財経営 『リッツ・カールトン』徹底研究 ⑤

~立地条件が良ければ成功する時代は終わった ②~

 前号のA歯科医院を例にとった問題提起を再確認しておこう。
1、周囲の41歯科医院数の状況
このA歯科医院を中心とした半径500メートル以内には41の歯科医院が存在する。A歯科医院での“患者が住まいに近いという理由で歯科医院を選ぶ”というアンケート結果は、実は「住まいに近いにこしたことはない」という程度のことでしかなく、「院長やスタッフの対応の良し悪し」で歯科医院を選択していることが科学的に判明した。つまり、患者は「立地条件」で歯科医院を選択しているのではないのである。
2、医療矛盾の前兆
 開業して間もなくは、時間的に余裕があるので一人の患者に30分以上の時間をかけて懇切丁寧に治療説明をする。当然、もともと周囲の41の歯科医院に『不満』を持つ患者は「なんて親切な歯医者さんなんだろう。」と感激し、自分のまわりの人達にその感激を伝える。口コミで徐々に患者が増え、1日に患者数が25人を超えるようになる。医療矛盾の前兆である。
3、医療矛盾へのプロセス
 納得のいく治療の限界数である25人を超え、30人をも越え、40人を越えていくのである。そして、幸福なことに口コミで患者は増え続け、不幸なことに医療矛盾が発生していくのである。
4、医療矛盾の発生
 損益分岐点を超えてくると、患者一人当たりにかける時間が減少し、説明も手抜きになり、そのうち治療も手抜きとまではいかないまでも自分自身が納得のいかない治療になってくる。
 つまり、歯科医院が繁盛すればするほど医療の質が落ちるという矛盾が発生する。
5、医療矛盾の放置
 患者は“さばかれる”なら、どの歯科医院に行っても同じだから予約が先に延びたり、なんらかの不安不満が起きれば、他の医院へ転院する。転院する患者を放置し、医療矛盾を放置しているということになる。

 この現象から何が判明したか。

  • 患者の最終選択は歯科医院の立地条件ではなく、院長やスタッフの対応、つまり「人間」で決まるのである。そしてこれがリッツ・カールトンの「人財経営」なのである。

 その「人財経営」の礎となる<リッツ・カールトンを支える7つの仕事の基本>を次に紹介しよう。

 

<リッツ・カールトンを支える7つの仕事の基本 1 >

1、    PRIDE & JOY 誇りと喜びを持てば意欲が湧く
 リッツの基本理念は様々な言葉で表現されているが、もっともシンプルでその理念を言い当てているのはこの“プライド&ジョイ”かもしれない。要するに“自分達の仕事に誇りをもとう!”そして、“喜びをもとう!(楽しもう!)”である。そしてその“誇りある仕事”は与えられるものではなく、自らが創造(努力)するものであるし、創造した仕事がお客様(患者)や同僚達、会社(医院)に評価された時、喜びや達成感を得るのである。
 ここまでは抽象的であり、やや精神論的でもあるが理解できるし、賢明な読者の皆さんなら、そのような努力を日常的には心がけていることだと思う。
 しかし、リッツの凄さはこの精神論を見事に企業の仕組みに科学的に取り入れているところにある。しかも、昨今日本企業で推進されている企業都合の成果主義的なものではない。そのリッツの仕組みを紹介しよう。

 

「ファースト・クラス・カード」

 リッツの全スタッフがこの「ファースト・クラス・カード」を日常的に持っている。簡単に言えば、“スタッフ同士の感謝のカード=スタッフによるスタッフと会社に対する評価カード”である。
 医院でも企業でもそれぞれのスタッフの役割分担(セクション)が決まっている。それぞれの役割分担を完璧にこなそうとはするものの、なかなかうまくいかないことも多々あることは皆さんも経験があるだろう。
 自分のセクションの仕事で問題が起きた時、他のセクションのスタッフがそれに気づき、助けてくれたことがないだろうか。また、自分のセクションの仕事ではないが、困っている別セクションのスタッフが困っていた時、助けてあげた経験はないだろうか。

 助けてくれたスタッフには感謝を伝え、助けてあげたスタッフからは感謝を伝えられる、こんな従業員同士の助け合いが「人事査定=報酬」に反映されるのがリッツの仕組みなのである。
 助けられたスタッフは感謝と敬意を伝えると同時に「ファースト・クラス・カード」に、どんな状況で、どのように助けられ、どんなに助かったことかを詳細に書き込み、感謝の意を込めて助けてくれた人に渡すのである。助けてくれた人に渡す前にコピーをとり、オリジナルを本人へ手渡し、コピーを人事セクションに渡すのである。それを受けた人事セクションはその内容を詳細に記録し、「ファースト・クラス・カード」の数と質を次の「人事査定」に反映するのである。

 日常の思いやりや助け合いの精神が評価され「人事査定=報酬」に反映されて、やる気をなくすスタッフがいるだろうか。いるわけがない。
 しかし、ここで気をつけていただきたいことがある。私達はスタッフの思いやりのある行動や、患者(お客様)のことを思えばこその行動を、当たり前のように扱ってはいないだろうか。また、良いことをすることは当たり前で評価せず、悪いことをしり、失敗をしたらマイナス評価をつきつける。このような一方通行的な評価をしてはいないだろうか。

 実はスタッフのことはスタッフが一番良く知っているのではないのだろうか。院長の前では“良い子”だけど、院長がいない時は“悪い子”に豹変する、こんな苦い経験がないだろうか。逆に、院長の見えないところで細かい心遣いで患者に接していることが、後からスタッフや患者から知らされるという経験はないだろうか。
 こんな危険を回避し、正当な評価をするためにこの「ファースト・クラス・カード」の仕組みは効果が高いと言わざるを得ない。結果、「ファースト・クラス・カード」は次のような効果を生み出す。

  • スタッフ同士、会社と個人の一体感を向上させる
  • スタッフ間のコミュニケーションを高める
  • 正当な評価をされモチベーションが高まる
  • セクショナリズムが解消される

しかし、この「ファースト・クラス・カード」の相乗効果はこれだけにとどまらない。

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今井 義博の写真

株式会社キーステーション 統括プロデューサー 今井 義博

経 歴

  • 1961年、東京生まれ
  • 暁星学園小中学校卒業(暁星歯学会・事務局長)
  • 早稲田実業学校高等部卒業(早稲田実業学校校友会・代議員、サッカー部OB会・副会長)
  • 早稲田大学専門学校建築設計課卒業・現早稲田大学芸術学校(稲門建築会会員)
  • (株)銀座コージーコーナー(店舗開発設計室)
  • (株)清水建設(OAセンターCAD開発)
  • (株)デンタルリサーチ社(職業紹介事業・東京都第1号)
  • Tokyo Expert Network of Japan(J-TEN)代表
  • (株)キーステーション(統括プロデューサー)
  • ニュー・マーケティング協会会員
  • 詳細プロフィールはこちら >>

著 書

  • 医療人事戦略(クインテッセンス出版)
  • リニューアル&ニューオープン(クインテッセンス出版)
  • 歯科医院経営近未来学(クインテッセンス出版)
  • 挑戦する医院経営(じほう社)
  • 医院経営と空間デザイン(Health Sciences Vol.24No1 2008日本健康科学学会誌掲載)