独立開業を成功へ導く経営学

統括プロデューサー 今井義博の経営学。

人財経営 『リッツ・カールトン』徹底研究 ④

~立地条件が良ければ成功する時代は終わった①~

 ホテル業界では「ロケーション、ロケーション、ロケーション」と言われた時代は終わったようである、ザ・リッツ・カールトン・ホテル日本支社長である高野登氏がその著書(サービスを超える瞬間:かんき出版)で発言している。実はこの現実は医療業界にも既に起きているのである。

 

 私が開業をプロデュースしたA歯科医院の事実に基づいて解説しよう。
 A歯科医院(地域密着型)は開業して8ヶ月目、レセプト数は300件を超え、売上は400万円を超えようとしている。良い意味でも悪い意味でも、ほぼ私の予想通りである。なぜ予想通りなのか順をおって説明しよう。次に挙げるのは、A歯科医院に来院した患者に次の質問をしてみた結果である。

 

 Q、歯科医院を選ぶポイントはなんですか?
 1位 院長の対応  58%
 2位 住まいに近い 56%
 3位 治療説明   50%
 4位 スタッフの対応 
     治療費    39%

 

1、周囲の歯科医院数41
  このA歯科医院を中心とした半径500メートル以内には41の歯科医院が存在する。ここで問題としたいのはA歯科医院よりも前に開業したその41の歯科医院である。56%の患者が歯科医院を選ぶ理由として『住まいに近い』と答えているのだが、その56%の患者の80%が他の41歯科医院の方が『住まいに近い』のである。
 これは、41の歯科医院に対する『不満』に他ならない。つまり、住まいに近いにこしたことはないのだが、院長やスタッフの対応(治療説明や治療費)に納得がいかなければ『不満』を感じ取り、多少遠くても患者はすぐに転院するのである。徒歩で、自転車で、車で、それぞれ5分の距離がどのくらいであるか想像はつくであろう。『不満』が解消できるのであれば誰もがプラス5分の距離を選択するだろう。
 実は私達はこの周囲41歯科医院のうち85%の35歯科医院が『患者の不満』を放置しているだろうという予測をある定義に基づいて予測していたのである。(ある定義については企業秘密の範囲であるので紹介を控えさせていただくが、この定義は知れば誰でも5分で大凡の判断がつく。)つまり、私達は半径500メートル以内の競合は6歯科医院であること知っていたのである。

 

2、医療矛盾の前兆
 医療矛盾を放置していることに気付いていない歯科医院がほとんどである。否、気付いているのに放置しているのがほとんどであることをご存知だろうか。
 幸いなことに数千人の歯科医師と交流をもつ私は、「保険診療において、あなたが一日あたりにこなせる患者の数は何人だと思いますか?」とことあるごとに聞いてみることにしている。返ってくる答えのほとんどのマックスが25人前後なのである。そして、ほとんどの歯科医師が「理想的には20人くらいですかね。」と口をそろえるかのように言うのである。(もちろん自費のみで一日に5~6人の患者しか診ない歯科医師も存在するが、ここでは例外とさせていただく。)
 要するに、保険の範囲で歯科技術的に納得のいく治療については患者との質的コミュニケーションの維持も含め、一日8時間(480分)の診療時間内で一人の患者に対し24分はかけたいという歯科医師がほとんどなのである。
 開業して間もなくは、時間的に余裕があるので一人の患者に30分以上の時間をかけて懇切丁寧に治療説明をする。当然、もともと周囲の41の歯科医院に『不満』を持つ患者は「なんて親切な歯医者さんなんだろう。」と感激し、自分のまわりの人達にその感激を伝える。口コミで徐々に患者が増え、1日に患者数が25人を超えるようになる。医療矛盾の前兆である。

 

3、医療矛盾のプロセス
 自分の納得のいく患者数である20人を超え、納得のいく治療の限界数である25人を超える。25人を超え始めてから「・・・そろそろ、衛生士を増やすか、勤務医を雇ったほうがいいかな・・・」と思いつつも、日々の診療に追われスタッフ増員の手を打てないでいる。
 スタッフ募集に踏み切れない理由の一つとして、「なんとかこなしている」という思い込みと、1日25人を超え30人の日もあるが、15人の日もあったりするからである。そして、幸福なことに口コミで患者は増え続け、不幸なことに医療矛盾が発生していくのである。

 

4、医療矛盾の発生
 開業して間もなくは理想通りの患者数と治療内容を実現できているが、経営的には決して喜ばしい数字ではないことも分かっている。そして、クリアしなければならない経営的な数字(損益分岐点)を超えてくると、患者一人当たりにかける時間が減少し、説明も手抜きになり、そのうち治療も手抜きとまではいかないまでも自分自身が納得のいかない治療になってくる。
 つまり、歯科医院が繁盛すればするほど医療の質が落ちるという矛盾が発生するのである。

 

5、 医療矛盾の放置
 恐ろしいことに人間には『慣れる』という能力があり、限界値であるはずの25人を超えたときにバタバタしていたはずの診療が30人になってもバタバタとこなせるようになり、40人になっても“さばける”ようになるのである。そう、やがて院長もスタッフも『さばく治療』に『慣れる』のである。
 そして、その『慣れ』に気付きアポイントコントロールを実施し、なんとか1日30人前後の患者数を維持するのであるが、アポイントが1ヶ月先になってしまう現実と戦うことになる。単に“処置”を望む患者にしてみれば迷惑な話である。
 例えばA歯科医院に“処置”のみを望むのであれば、“さばかれるのに”なにも1ヶ月待たなくても別の41の歯科医院に行けば良いことになってしまうのである。この患者心理が実態である。


 

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今井 義博の写真

株式会社キーステーション 統括プロデューサー 今井 義博

経 歴

  • 1961年、東京生まれ
  • 暁星学園小中学校卒業(暁星歯学会・事務局長)
  • 早稲田実業学校高等部卒業(早稲田実業学校校友会・代議員、サッカー部OB会・副会長)
  • 早稲田大学専門学校建築設計課卒業・現早稲田大学芸術学校(稲門建築会会員)
  • (株)銀座コージーコーナー(店舗開発設計室)
  • (株)清水建設(OAセンターCAD開発)
  • (株)デンタルリサーチ社(職業紹介事業・東京都第1号)
  • Tokyo Expert Network of Japan(J-TEN)代表
  • (株)キーステーション(統括プロデューサー)
  • ニュー・マーケティング協会会員
  • 詳細プロフィールはこちら >>

著 書

  • 医療人事戦略(クインテッセンス出版)
  • リニューアル&ニューオープン(クインテッセンス出版)
  • 歯科医院経営近未来学(クインテッセンス出版)
  • 挑戦する医院経営(じほう社)
  • 医院経営と空間デザイン(Health Sciences Vol.24No1 2008日本健康科学学会誌掲載)