独立開業を成功へ導く経営学

統括プロデューサー 今井義博の経営学。

人財経営 『リッツ・カールトン』徹底研究 ①

リッツを知る出会い

 『リッツ・カールトンが大切にする“サービスを超える瞬間”』(著者高野登氏:かんき出版、1500円)。この本に出会ったのは発行後間もない2005年9月のことである。私は週に一度は必ず書店(八重洲ブックセンターや紀伊国屋、三省堂などの大型店)に立ち寄り、最新の経営書籍をチェックするのが習慣になっている。書店に足を運ぶ習慣になっている理由は、時間がない場合や購入する書籍が既に決まっている場合はインターネットで購入するが、内容を十分把握することは難しいし、この書籍に出会ったような“思わぬ収穫”が得られないからである。

 

 「なるほど」と感心させられるビジネス書には頻繁に出会うのだが、「すごい!」と感動させられるビジネス書にはなかなか出会わない。しかし、この書籍の内容は、感動を上回る“衝撃”に近かったかもしれない。その衝撃は、私自身の経営者としての反省を生み、そしてサービス産業の奥の深さ、否、ホスピタリティー産業の奥の深さを知らされることになったのである。

 

 この書籍に書かれていることは、まさしく医院経営そのものなのである。著者である高野登氏はこの著書の中で「歯科医院がライバルになった」と言っている。その内容の詳細は後に触れるが、重要なことは、リッツが歯科医院経営を同じホスピタリティー産業の競合(ライバル)という位置付けで観ているということなのである。

 果たして私も含め、読者は世界最高峰のホテル、リッツ・カールトンを競合として観ているだろうか。リッツから学ぶことは山のようにあるし、これから照会するので期待していただきたいが、ライバルとしてリッツを位置付ける意識こそが最も重要なのである。けっして「医院経営は、ホテル経営とは違う。」では済まされないのである。リッツがそうであるように。

 

リッツの言葉の本質

 リッツの評判は私の周りの友人からいつも聞かされていた。その友人達がリッツを語る代表的な言葉に「紳士淑女にお仕えする我々も紳士淑女です」(We Are Ladies and Gentlemen Serving Ladies and Gentlemen)という言葉がある。
リッツのことをほとんど知らない私は、友人達から聞いたこの言葉を、『要するに富裕層の客を迎えるためには富裕層に認められるマナーやサービス精神を持つ、っていうことだよな。』という程度にしか認識していなかったのである。この言葉の本質を知った時、そんな自分の浅はかな認識が恥ずかしくてたまらなかったのである。
 この言葉の意味は、従業員はお客様と同じく紳士淑女であり、同じ目線、同じ感性で働くべきであると言う意味である。著者である高野氏はこの著書で次のように語っている。

 

 「これまでのホテルの従業員はお客様より一段へりくだってサービスすることが当たり前になっていました。従業員はあくまでもサーバント(給仕する人)であり、お客様が上、従業員は下という不動の関係のもとにサービスが行われていました。
 しかし、それではお客様とのコミュニケーションが取れず、人間対人間の信頼関係を築くことは難しくなります。心が通ったサービスをするには、お客様と従業員が同じ目線を持って尊敬しあうことが必要不可欠なのです。
 また、精神面においても召使いのように受動的に働くだけでは、仕事に対しての誇りも喜びも感じられないでしょう。ひとりの人間として認められてこそ、生き生きとして働くことができるのです。
 さらに、このモットーが示しているのは従業員も紳士淑女としての堂々とした立ち振る舞いや豊かな感性を身に付ける必要があるということです。紳士淑女に求められるものは、じつは従業員としての職務より重いのです。
 さらには、立ち振る舞いや教養だけでなく、精神的な部分でも成熟した人格者となる努力が必要です。」

 

院長とスタッフとの関係

  「紳士淑女にお仕えする我々も紳士淑女です」というこの言葉の表す関係は<従業員とお客様との関係>であるが、実はこの言葉の本質は<経営者が従業員に示すお客様との関係>なのである。そして、この言葉は、経営者と従業員との関係が紳士織女の関係であることを前提に成立しているのである。

 つまり、院長がスタッフに対し、スタッフが院長に対し、この言葉の意味する紳士淑女の関係を構築していることが前提なのである。患者に対する姿勢を従業員に示す前に、果たして院長とスタッフの関係を示すことが成されているのだろうか。

 

 リッツが医院経営者なったなら
「これまでの院長とスタッフの関係は給料を払い使い使われる関係でした。院長が上、スタッフが下、という意識の関係では質の高いコミュニケーションが取れず真の信頼関係が築けません。私達の信頼関係が築けなければ患者様との信頼関係も築けるはずがありません。即ち、院長もスタッフの目線を持ち、スタッフも院長の目線を持つことが、患者様へホスピタリティー(心のこもった医療)の提供をするための第一歩であり、結果的に両者が患者様と同じ目線を持つことにつながり、患者様との信頼関係が築けるのです。」
と、この言葉の意味を説明するのかもしれない。そして、必ず最後に結ぶ言葉は「立ち振る舞いや教養だけでなく、精神的な部分でも成熟した人格者となる努力が必要です。」であるに違いない。

 

リッツの“クレド”(信条)とは

企業のホームページを見れば、規模によって多少は違うものの、ほとんどの企業がその理念だとか信念だとかを掲載している。どれもこれも時代背景や歴史に合わせた素晴らしい言葉で表現されてる。まるで申し合わせたかのように「社会貢献」「環境問題」「顧客満足」「信頼」「安心」という単語が飛び交っている。

 

 しかし、リッツのクレドにはお決まりの単語は存在しない。それは企業の一人の代表者が理念や使命を単に作文しているものでもない。合理性を追求するのではなく、お客様一人ひとりを大切にするという理想を掲げたW・B・ジョンソンと彼に賛同する5人のホテリエ達が集まり、徹底的に話し合って完成されたものなのである。

 それは、外に向けた信条ではなく、リッツに所属する個人と会社に向けた信条である。時代や国や地域を選ぶことなく、販売促進活動を含んだプロパガンダも存在しないのである。
 

著者プロフィール 医科歯科開業、物件に関するご相談はこちら TEL 03-3833-3950 eMail info@keystation.com

今井 義博の写真

株式会社キーステーション 統括プロデューサー 今井 義博

経 歴

  • 1961年、東京生まれ
  • 暁星学園小中学校卒業(暁星歯学会・事務局長)
  • 早稲田実業学校高等部卒業(早稲田実業学校校友会・代議員、サッカー部OB会・副会長)
  • 早稲田大学専門学校建築設計課卒業・現早稲田大学芸術学校(稲門建築会会員)
  • (株)銀座コージーコーナー(店舗開発設計室)
  • (株)清水建設(OAセンターCAD開発)
  • (株)デンタルリサーチ社(職業紹介事業・東京都第1号)
  • Tokyo Expert Network of Japan(J-TEN)代表
  • (株)キーステーション(統括プロデューサー)
  • ニュー・マーケティング協会会員
  • 詳細プロフィールはこちら >>

著 書

  • 医療人事戦略(クインテッセンス出版)
  • リニューアル&ニューオープン(クインテッセンス出版)
  • 歯科医院経営近未来学(クインテッセンス出版)
  • 挑戦する医院経営(じほう社)
  • 医院経営と空間デザイン(Health Sciences Vol.24No1 2008日本健康科学学会誌掲載)