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統括プロデューサー 今井義博の経営学。
メディカル・ブランドの構築を考察する ③
スコット・デイビス(ブランド資産価値経営:日本経済新聞社)が調査した以下のブランド力の数的根拠を紹介した。各々について説明を加えよう。
① 消費者の72%が、自分の好むブランドには類似する競合ブランドよりも20%割高な代金を支払っても良いと考えている。また、25%割高でもかまわないと答えた者は50%、30%割高でも良いと答えた者も40%いる。
この数値は既に自分の好むブランドに対するロイヤルティが確立されている場合であるが、今やこの数値はさらに高まっていることが予測される。
ところで、「私の医院の自費診療は“他に比べ”4割高で患者に受け入れられているからブランドとして成立している」と私に言ったA歯科医師がいる。主観的な経営者にありがちな発言である。これに限らず“他に比べ”という言葉は歯科医師からよく聞く言葉だが、これは止めた方が良い。私はA歯科医師に聞いてみた。
「“他”の価格はいくらなのですか?A先生の言う“他”って、どこの歯科医院の価格と比べてですか?○○区の平均はいくらなのですか?全国平均はいくらなのですか?」
残念ながらA歯科医師は何一つ明確に答えられなかった。私とA歯科医師は長年の付き合いがあり、家族付き合いもさせていただいているし、彼の仕事に対する姿勢は尊敬に値する。だからこそ、あえて言わせていただいたのである。
「A先生、“他に比べ”は止めた方が良いですよ。その言葉を使うなら具体的な数字を先生自身が持ってなければなりませんよ。感覚的な判断として割高であることは私にも理解できます。
しかし、私たちビジネスマンには通用しません。他と比較するのであれば、同じ自費診療なら、“最低価格はいくらで、最高価格はいくらで、全国平均がいくらであり、当院は○○円だから4割高い”と言えるくらいの数的根拠を持っていないと、ビジネスマンの患者から腹の中で馬鹿にされます。
4割高を患者から受け入れられているからブランドとして成立しているのではなく、長年にわたり一人一人の患者との信頼関係を地道に築いてきたからこそ4割高を患者が受け入れているのです。もしかしたら、4割高であることなんて患者は知らないし、気にしていないかもしれませんよ。つまり、患者からのロイヤルティ(忠誠)を先生自身が得られていることこそが素晴らしいのであって、4割高という結果ではなく、プロセスが素晴らしいわけです。
特に勤務医にはそのプロセスの重要性をバランスよく伝え教えないと、若い彼らは勘違いしてしまうので気をつけてくださいね。」と。
② 消費者の25%が、ロイヤルティ(忠誠)を感じているブランドであれば価格は問題にしないと答えている。
① 解説した通り、重要なのは患者ロイヤルティを構築している『信頼関係』が「割高感」を払拭し、たとえ「割高感」を感じても、問題にしないということなのである。
ここで、他業界の例をあげてみよう。
千葉県柏市に㈱ニューオークボというパスタメーカーがある。昭和57年に設立され、今日まで売上高において前年比を割ったことがない会社である。23年間、前年の売上を上回り続けるということが、どんなに驚異的であるかは説明の必要はないであろう。
ニューオークボの製造する生パスタはグラムあたりの価格計算をすると、最も人気が高いと言われている『デチェコ(乾燥パスタ)』の約3倍である。『デチェコ』はイタリア料理の専門シェフにも広く愛用されていて、年間輸入量も日本一である。
しかし、パスタそのものの味は決して『デチェコ』に勝るとも劣らない(個人的にはデチェコよりかなり美味)。事実、私の友人であり、世界中のイタリアンシェフから尊敬されているジオ・ジョバーニ氏からも高い評価を得ている。ジオ・ジョバーニ氏の経営するラスベガスのレストランには、その味を堪能するためにヒラリー・クリントンをはじめとする世界中のVIPが訪れる。
さて、ニューオークボのいったい何が違うのか?
原料と製造方法にその「哲学」がある。原料とするセモリナの粉は小麦の中心部分のみを使用しているので、粉にしても小麦のコクと香りが生きている。そのコクと香りを生かすために化学的添加物は一切使わずに、ある一定の温度(低温)で練り、摩擦温度が劣化温度(60度)を上回らないように時間をかけて低温で形成する。形成されたパスタは、生パスタと乾燥パスタに分けられ、生パスタは1ポーション単位(200グラム単位)に冷蔵庫で24時間熟成され出荷される。乾燥パスタは、高温乾燥を避けて常温で72時間から100時間をかけて乾燥させる。一般的な乾燥パスタの製法は、高温で処理されるため、粉を練り始めてから乾燥し終わるまで8時間くらいである。
簡単に言えば、原料の旨味(コクと香り)を逃がさないために、徹底的に高温での製法を避けるのである。何度も熱を加えた料理がマズイことは料理を知らずとも分かりきったことである。
ちなみに、パスタの劣化温度は60度で、輸入物のパスタは船便で赤道を2回通過し、その時コンテナ内の温度は100度以上にもなる。こんなことも知らずに「デチェコが一番美味しい」というイタリアンシェフを何度も黙らせたことがあるが、彼らを全面否定したことはない。なぜなら、彼らのパスタ料理は、プライドの8割はソース造りにあるからであり、私たちはそのバランスで味を評価するからである。
さて、ニューオークボにとってプラスの事ばかりではない。生パスタの賞味期限は冷蔵で10日、乾燥パスタの製造時間は他社の10倍以上、原料コストも3倍以上、添加物を使用していないため延びる速度が速い、等、マイナス要素もたくさんある。
しかし、社長の伊藤氏は「他に勝つためには“味”しかない」と断言する。そして伊藤氏は「デチェコ」からパスタのコシの強さを学び、味を落とすことなくコシのあるニューオークボの新パスタを開発するために日々奮闘しているのである。
そして、価格競争に巻き込まれることなく3倍の価格のパスタを売り続けるのであろう。これもまたブランドを目指すプロセスなのである。私はその姿勢にロイヤルティを感じ、コストを無視してニューオークボのパスタを食すのである。
経 歴
- 1961年、東京生まれ
- 暁星学園小中学校卒業(暁星歯学会・事務局長)
- 早稲田実業学校高等部卒業(早稲田実業学校校友会・代議員、サッカー部OB会・副会長)
- 早稲田大学専門学校建築設計課卒業・現早稲田大学芸術学校(稲門建築会会員)
- (株)銀座コージーコーナー(店舗開発設計室)
- (株)清水建設(OAセンターCAD開発)
- (株)デンタルリサーチ社(職業紹介事業・東京都第1号)
- Tokyo Expert Network of Japan(J-TEN)代表
- (株)キーステーション(統括プロデューサー)
- ニュー・マーケティング協会会員
- 詳細プロフィールはこちら >>
著 書
- 医療人事戦略(クインテッセンス出版)
- リニューアル&ニューオープン(クインテッセンス出版)
- 歯科医院経営近未来学(クインテッセンス出版)
- 挑戦する医院経営(じほう社)
- 医院経営と空間デザイン(Health Sciences Vol.24No1 2008日本健康科学学会誌掲載)